糖尿病の治療

  糖尿病の治療は患者さんの病態にあわせ最も適切な治療方法が選択されます。

      食事療法,運動療法
      薬物療法
      インスリン注射療法

糖尿病のコントロールの目標

やや不良 不良
空腹時血糖 <120 (mg/dl) 120〜140 140〜160 160<
食後2時間血糖 <160 (mg/dl) <200 <250 250<
HbA1c <6.0 (%) 6.0〜7.0 7.0〜8.0 8.0<








 食事療法

  エネルギー摂取を制限してインスリン分泌の負担を軽減させます。
  食事療法は糖尿病治療の基本治療です。薬剤治療,インスリン治療となっても食事療法
  は欠かさず続けるものです。かぜをひいたら安静にするのが基本です。薬を飲んだとしても
  注射をしても安静になくていいとういことはありません。糖尿病をかぜとすると食事療法は
  かぜをひいた時の安静のようなものです。

   適正カロリーの設定

      標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22(女性は21)

       軽作業者適正カロリー 標準体重 x 25kcal/kg
       中作業者適正カロリー 標準体重 x 30kcal/kg
       重作業者適正カロリー 標準体重 x 35kcal/kg

   
食事療法のコツ
                   
   @ 三大栄養素をバランスよく。
      糖質  : 総カロリーの 55〜60%
      蛋白質 : 総カロリーの 15〜20%
      脂質  : 総カロリーの 20〜25%

      糖質と蛋白質の1gは4Cal,脂質の1gは9Calのエネルギーが生じます。以前では
      糖尿病といえば極端な糖質制限を強いられましたが,今では糖質はやや多めでも
      動物性脂質を減らすように改められました。食物繊維も多く摂るようにしましょう。

  患者さんへ… 

   糖尿病性腎症を合併している患者さんには蛋白制限が必要となります。従って,
   脂質は抑えながら蛋白質も制限すると糖質を増やすことになります。糖質を増やし
   た結果,上がった血糖は薬の力で下げることになります。このように合併症,併発
   症の有無により大幅に食事内容が変わります。本で読んだりテレビで見た食事療
   法は個人的に合わないこともあるので主治医の先生に頼んでご自身のスペシャル
   メニューをお願いしましょう。


   A 規則正しく食べます。
      血糖値の変動を少なくするために摂取総カロリーを3等分して,決められた時間に
      食事をとるようにして下さい。間食や寝る前の食事も止めるようにして下さい。

   B 食事の工夫。
     早食いすると,満腹を感じる前に食べ物がなくなってしまいます。騙されたと思って
      口の中に入れた食べ物を20〜30回ほどよく噛んで食べてみて下さい。多分いつも
      の3/4くらいの食事量でおなかがいっぱいになるのに驚きます。
     脂肪の取りすぎに注意しましょう。気が付かない隠された油にも注意が必要です。
      料理に使う油脂やサラダにかけるドレッシングマヨネーズなども問題です。
     食事を食べる順番にも一工夫が必要です。例えば,とんかつ定食を食べる場合に,
      まず繊維性食品であるキャベツの千切りを食べて,時間をおいてゆっくりとライスと
      カツを食べるようにすると血糖値の上がりは少ないとされます。
     寝る前には食べてはいけません。おなかが減って,寝つきは悪いのですが…


  患者さんへ…
 
   これらは努力目標と考えて下さい。100%の実行することは到底無理なお話しです。
    『糖尿病食は特別な食事ではなく,誰が食べてもいいバランスのとれた健康食です。』
    と患者さんの前で豪語しながら,自らが実践している糖尿病専門医にお目にかかった
    ことは今だかつてありません。
    せめて…
     脂抜きの和食をゆっくり腹八分目,ジュースと間食と寝る前の食事は厳禁です。

    
 アルコールについて

   糖尿病患者さんでは基本的にアルコール禁です。
    アルコール許可条件
   @ 良好な血糖値
   A 肥満がない
   B 合併症がない
   C 薬物治療をしていない
   D 禁酒可能な人
    以上@〜Dを満たす人が
   日本酒1合弱またはビール中ビン1本またはウイスキーダブル2杯なら許可です。
   @〜Dを満たす糖尿病患者さんなんて,滅多にお目にかかりません。
   もしいらしたとしても,このような方はまずアルコールは飲まれません。
   要するに糖尿病患者さんはアルコールは飲めないということなのです。





 運動療法

    運動によりブドウ糖消費が増え,インスリン感受性も高まり血糖値が降下します。

   合併症のある患者さんの運動療法
     糖尿病性網膜症や腎症などの合併症がある患者さんの急激な運動は,合併症に
     悪影響を及ぼします。糖尿病は狭心症や心筋梗塞,脳梗塞症などを発症しやすく,
     運動はそれらを誘発してしまうこともあります。運動を始める前に必ず主治医に相談
     して,自分にあった運動量を決めていただいた方がよいでしょう。

   運動療法の実際
     合併症に問題がなければ,ウオーキングやジョギング,自転車や水泳などが良い
     でしょう。時間は30分以上続けて下さい。ウオーキングは1時間程で十分でしょう。
     歩数計などを用いて15.000歩ほどが目標です。強さは大体40〜60%程でOKです。
     運動は食事直後より,食後1時間ほどの血糖が上がる時間に行うのが理想的です。
     また,薬物治療中の患者さんは,くれぐれも低血糖に注意して下さい。必ず砂糖
     などを携行して運動するようにしましょう。




 糖尿病薬物療法


  薬物療法には経口糖尿病薬によるものとインスリン注射によるものの2種類があります。


  経口糖尿病薬  現在5種類の作用薬剤が主に使用されています。
             インスリン分泌が認められない1型糖尿病の患者さんには無効です。

    スルフォニル尿素薬(SU剤)
    ビグアナイド剤
    αグルコシダーゼ阻害剤
    インスリン感受性改善剤
    速効型インスリン分泌刺激剤



   スルフォニル尿素薬(SU剤)  商品名:オイグルコン,ダオニール,グリミクロン
      現在多くの施設で使用されている経口血糖降下剤です。
      膵臓のインスリンの分泌細胞を刺激して血糖を降下させます。
      インスリン分泌増加に伴い食欲亢進と体重増加が問題となります。

      服用の方法:基本的に食前15〜30分前に服用します。
                    
      軽度の血糖値の軽度上昇例ではまず,
        @ グリミクロン錠(40mg) 1/2〜1錠 1日1回朝食前から開始。
      その後血糖値を測定しながら…
        A グリミクロン錠(40mg) 2錠 1日1回朝食前まで増量。
      効果が弱いようであれば…
        B オイグルコン(=ダオニール)錠 1.25mg 1日1回朝食前に変更。
      血糖値,HbA1c値をみながら…
        C オイグルコン錠 2.5mg 朝食前1日1回
        D オイグルコン錠 3.75mg 1日2回(朝食前2.5mg,夕食前1.25mg)
        E オイグルコン錠 5.0mg  1日2回(朝食前2.5mg,夕食前2.5mg)
        F オイグルコン錠 7.5mg  1日2回(朝食前5.0mg,夕食前2.5mg)
      これ以上増量しても血糖降下作用の変化はありません。

   新しいスルフォニル尿素薬(SU剤)  商品名:アマリール
      血糖降下作用は従来のオイグルコンと同等ですが,インスリン分泌を刺激すると
      ともに,末梢におけるインスリン感受性を高める2つの効果を持つ新しい薬剤です。
      経口血糖降下剤服用による副作用の一つである肥満がないのが特徴とされます。
      SU剤(オイグルコン)のインスリン分泌効果+インスリン感受性効果を有するので
      積極的にオイグルコンから変更すべき薬剤でしょう。

      服用の方法:オイグルコンと同じく食前15〜30分前に服用します。(食直後もOK)
                    
      変更方法(アマリールをやや低容量に設定しました。)
        @ オイグルコン 1.25mg → アマリール  5mg (10mg錠の1/2錠)
        A オイグルコン  2.5mg → アマリール 10mg

   ビグアナイド剤   商品名:メルビン,ジベトス
      ブドウ糖の吸収を抑制し,肝臓からのブドウ糖放出を妨げて血糖を低下させます。
      SU剤と併用することもあります。単独使用では低血糖を起こすことはありません。
      肥満した糖尿病患者さんに使用されることが多い薬剤です。
      肝硬変やアルコール多飲の方,肺疾患患者さんは乳酸アシドーシスという昏睡が
      起きることもあるので注意を要します。

   αグルコシダーゼ阻害薬  商品名:グルコバイ,ベイスン
      小腸においてのでんぷん,ショ糖などの消化吸収を遅延させて,食事後の高血糖を
      抑える働きがあります。副作用として腸内ガスが増え,腹がはっておならが出ます。
      この副作用は服用開始4〜5日に多く,それ以後になると体が慣れてくるようです。
      低血糖を起こした場合,砂糖(ショ糖)を摂っても低血糖は改善しません。単糖類の
      ブドウ糖を摂取する必要があります。

      服用の方法:各食直前に服用します。

   インスリン感受性改善剤  商品名:アクトス
      筋肉などのインスリン感受性を強化して,インスリンの血糖降下作用を高めます。
      糖尿病患者さんで,肥満した方(BMI>24),インスリン高値(>10U/ml食前)の方で
      血糖が高いインスリン抵抗性のある患者さんにより良い適応となります。
            
      服用の方法:食後または空腹時に服用します。

  患者さんへ…

   
同系統の薬剤である商品名ノスカールの服用によって,死亡例を含む肝障害が
   数例報告されたため,ノスカールは製造販売中止となりました。これは基盤に重度
   肝障害があった糖尿病患者さんにノスカールを使い,以後,急激に肝機能が悪化し
   て,黄疸が発現しているにもかかわらず,投薬を止めませんでした。如何なる薬も
   薬剤性肝障害の可能性はあり,それらを考慮にいれた上で薬剤を選択して処方し,
   なおかつ患者さんに薬剤に起因すると思われる異常が見られたならば,投薬を中止
   するのは常識でしょう。私見ながら,ノスカールは素晴らしく画期的な薬剤でした。
   もともと肝障害のある患者さんには,同系統の薬剤のアクトスは決して処方しませ
   んが,同じ範疇の薬であることから,厚生省はアクトスにおいても処方中は定期的
   な肝機能検査を行うよう指示してきました。何とぞご了解の程お願い申し上げます。

   速効型インスリン分泌刺激剤  商品名:ファスティック,スターシス
      SU剤に比べ血糖降下の発現時間が早く,作用時間が極めて短いのが特徴です。
      1日3回,各食直前に服用して,各食後の血糖の上昇を抑える作用を示します。
      レセプターが同じとの理由から,SU剤との併用は無効とされています。

      服用の方法:各食事の直前に服用します。



  インスリン     以前はブタやウシの膵臓から抽出したインスリンを使用していましたが,
             現在では合成ヒトインスリンが使われています。
             最近は携帯可能なペン型のインスリンが主流です。

   インスリン治療の適応
      必ずインスリン治療を行う場合…  @ 糖尿病性昏睡
                             A 1型糖尿病(特に急性発症期)
                             B 重度肝障害,腎障害の合併
                             C 重症感染症の併発

      インスリン治療を行う場合…     @ 著明な高血糖
                             A 尿ケトン体強陽性
                             B 経口血糖降下剤無効例
                             C 最近では全ての糖尿病に…

  主治医からインスリン注射を勧められ困惑している患者さんへ…

   『インスリンが始まったらもう最期だ…』『インスリンを一度始めたら止められない…』
    これは大きな勘違いなのです。血糖コントロールが悪い糖尿病患者さんの膵臓は
    疲労困憊しています。瀕死の状態の膵臓を,さらに薬のムチで酷使しているのです。
    この時にインスリン注射という援護を受けて血糖値を下げてやれば,皆様の膵臓は
    適当な休暇を貰ったことにより再び甦るのです。しかしインスリンという援軍を拒絶し
    続けているうちに,頑張った膵臓もついにノックアウト,どうしてもインスリン注射を
    打たざるを得なくなった時にはもう膵臓は甦らず,それ以後一生涯インスリン治療が
    必要となってしまうのです。

    一生インスリン注射をしないよう,一時的に今インスリン注射を開始しましょう。
    神田医師会発行『皆さんの健康と医療』院長執筆『甦る膵臓』参照して下さい。

   インリン製剤  インスリンの作用時間により主に4種類の薬剤が使用されています。

      速効型…注射後速やかに血糖降下作用が発現します。
      中間型…ゆっくりと半日ほど血糖降下作用が持続します。
      2相型…速効型と中間型を混合したタイプです。
      持続型…ほぼ24時間血糖降下作用が持続します。

                         ■ ペン型インスリン注入器で使用するインスリン
                          従来の注射器で使用するインスリン
商品名 分類 作用時間 単位/ml
 ペンフィルR,ヒューマカートR
 ノボリンR,ヒューマリンR
速効型  発現時間 0.5
 最大効果 1〜3
 持続時間 8
40,100
 ペンフィルN, ヒューマカートN
 ノボリンN, ヒューマリンN
中間型  発現時間 1.5
 最大効果 4〜12
 持続時間 24
40,100
 ペンフィル10R,20R,30R,40R,50R
 ノボリン30R
2相型  発現時間 0.5
 最大効果 2〜8
 持続時間 24
40,100
 ノボリンU
 ヒューマリンU
持続型  発現時間 4
 最大効果 8〜20
 持続時間 24〜28
40,100

       ペン型インスリン製剤はすべて1 ml中に100単位入っていますが,
         バイアル型のものには1 ml中に100単位と40単位入っているもの
         2種類あり,各々専用の注射器がありますので注意が必要です。

       保存方法は常温または冷蔵です。決して冷凍保存しないで下さい。


   インリン注射方法  糖尿病病態,患者さんのライフスタイルにより変わります。

     @ 中間型インスリン朝食前1回法… 最近は用いられません。古い注射方法です。
     A 中間型インスリン就寝前1回法… 朝食前の血糖が高い2型糖尿病に用います。
                             初めてインスリンの自己注射を開始するときに
                             行われることもあります。
     B 中間型インスリン朝夕食前2回… 2型糖尿病患者さんに用いられます。
     C 混合型インスリン朝夕食前2回… Bの方法に更に速効型インスリンの効果で
                              食後血糖上昇も抑えようという方法です。
     D 速効型インスリン各食前3回法… 早朝空腹時血糖値がそれ程高くない2型
                             糖尿病患者さんに,追加インスリン分泌を
                             補充する,現時点での最適の治療法でしょう。
     E 強化インスリン療法       … 生理的インスリン分泌に最も近い注射法です
        各食前速効型+眠前中間型   ので,1型糖尿病患者のみならず,インスリン
                             分泌が著しく低下した2型糖尿病患者さんにも
                             使用されます。

   インリン自己注射法  
      インスリンは毎日ご自分で注射していただくのが原則です。主治医の指示により
      変わりますが食事の15分前に注射します。注射する部位は普通はおなかですが,
      ふとももでも結構です。皮膚を軽くつまんで注射して下さい。 同じ部位に注射を
      続けると皮膚が硬くなりますので,毎日注射部位をずらして下さい。消毒をした方
      がよいのは当然ですが,消毒しなくても問題ありません。

  患者さんへ…
 
   インスリン注射部位を暖めたり血流が増えるとインスリンの吸収が早くなって,血糖
   降下作用が早く短くなることがあります。大腿部注射後の運動やインスリン注射直後の
   入浴には注意が必要となります。




 低血糖について

  低血糖とは血糖値が50mg/dl未満と定義されています。
  薬物治療中の患者さんは低血糖に注意が必要で,ひどい場合は意識不明になります。
  まれに何の前ぶれもなく意識が消失する場合もありますので,普段の注意が必要です。
  低血糖は放置すると危険ですが,正しい予防と処置をすれば心配することはありません。

   低血糖の症状  
      血糖が低下すると,空腹感,脱力感,冷汗,震え,イライラ感などが現れて,さらに
      怖い形相で,異常な行動や言動をとることもあります。ひどい場合にはけいれんを
      起こし昏睡状態になり意識がなくなります。普通は食事のタイミングが遅れた食前
      の空腹時に起こり,食事をとると症状が明らかに改善するのが低血糖の特徴です。

   低血糖症状  
      それまで高血糖状態が続いていた患者さんに,経口血糖降下剤やインスリンの
      治療を開始すると,数日後血糖が僅かに低下しただけで,血糖はいまだ高いにも
      かかわらず空腹感,冷汗,イライラ感などの低血糖症状が現れることがあります。
      血糖値が良好にならない時点で危険な低血糖と勘違いして,血糖を上げる処置を
      しては糖尿病治療の意味がなくなります。この低血糖様症状は本来の低血糖との
      判別は難しく,発症した時の自己血糖測定が必要となります。血糖値が低ければ
      低血糖の処置を行い,血糖値が高ければ経過をみてもよいでしょう。

   低血糖の処置
      変だと思ったら,何はなくともジュース,飴や砂糖を服用しましょう。低血糖の放置は
      大変危険です。低血糖が起きたら,軽いうちに処置しなければなりません。前述した
      ように商品名グルコバイを服用している方の低血糖は,ブドウ糖でなければ血糖が
      上がりませんので必ず携帯して下さい。時には急に意識を失う,強い低血糖症状が
      起きる可能性もあるのです。「私は糖尿病です。意識がなくなった時には甘いものを
      口にふくませて下さい。」と書いた糖尿病手帳を携行しておいた方がよいでしょう。
      糖尿病患者さんで意識が失くなる原因は低血糖だけではないのですが…


  患者さんへ…

   低血糖は食事療法のみを行っている糖尿病患者さんには起きません。空腹感を感じ
   ても,ジュースを飲んだり,多めに食事を摂る必要は一切ありません。食事療法のみ施
   行中の患者さんで『低血糖だ』『低血糖だ』と言ってその度甘味系食品を摂って,どんど
   ん太り,血糖値が高くなってしまった患者さんもいらっしゃいました。