糖尿病Diabetes Mellitus

 日本では糖尿病患者さんは約690万人を数え,糖尿病予備軍も含めると約1370万人に
達すると推定されます。また,40歳以上の10人に1人は糖尿病であると言われています。
糖尿病は早期の症状がないことからその罹患に気づかない方や,血糖値が高いと言われ
ても治療を受けていない方が大勢おられ,放置した結果さまざまな合併症が現れます。










 糖尿病とは…

 糖尿病とはインスリンの作用不足によって,血液中のブドウ糖の利用が低下して,
 慢性的に血液中の糖分が多くなる病気です。高血糖を長期間に渡り放置する結果,
 さまざまな合併症を併発し,ほぼ全身のさまざまな部位に障害が現れる病気です。












 インスリンとは…

  インスリンとは膵臓のB細胞から分泌され,生命の維持に必要不可欠なホルモンです。
 筋肉,脳,脂肪組織の細胞内に血糖を取り込ませて,血糖を降下させる作用を示します。
 インスリンの作用不足により,血液中のブドウ糖の利用が低下して血糖値が上がります。 










 糖尿病 self contorol

 糖尿病は医院や病院で治療するというよりも,主に患者さんご自身が治療する病気です。
 従って糖尿病に対する正しい知識と理解は,糖尿病の予防やその療養に不可欠です。
 
 糖尿病専門医自らが喫煙し,多量飲酒し,過食,運動不足の肥満体では糖尿病患者さん
 に対する療養指導に説得力が欠けてしまいます。






















 糖尿病の症状

   急激に血糖が上昇した時には高血糖に伴う種々の急性脱水症状が現れます。しかし
  年月をかけ,緩徐かつ慢性的に血糖が上昇した時には無症状のことがほとんどです。
  この場合,糖尿病合併症による症状が発現して初めて糖尿病と気付くこともあります。






 糖尿病急性期の症状


  急性血糖上昇による症状… 急峻に血糖値が上昇する糖尿病急性期に現れる症状。
                    後述する1型糖尿病発病期の症状として,咽頭痛,発熱,
                    などかぜ症状の後に,口渇,
腹痛,嘔吐などが現れます。


  急性糖尿病発症時の腹痛は急激かつ激烈な痛みがあり,虫垂炎など消化器疾患と
   間違われることもあります。(偽腹膜炎とも呼ばれます。)胃腸病の場合は腹痛の後に
   嘔吐しますが,糖尿病の場合は何度も吐いた後に激しい腹痛があるのが特徴です。






 慢性血糖上昇の症状


  慢性血糖上昇による症状… 初期には症状がありません。しかし糖尿病が進行すると
                     
口渇,多飲,多尿,体重減少などの症状が現れます。

  この症状は血糖値が350mg/dl以上になって初めて現れる症状です。血糖上昇に伴い
   血液の比重も高くなると水分が体内細胞から体外(血液内)へ移動してしまうのです。
   これが高血糖に由来する症状の原因です。つまり水分が血液内に移動して血液量が
   多くなることにより尿量が増え,細胞内脱水により喉が渇くのです。注意すべきことは,
   何度もトイレに行くのは水を多く飲むためと勘違いして,喉が渇いていても水を飲まず
   我慢してしまうことです。これは大変危険なことですので,血液を薄める意味でも水分を
   補給して早いうちに主治医にご相談下さい。糖尿病急性期は脱水さえなければ重症と
   なることはありません。

  肥満している方に糖尿病は多いのですが,そのような方が食べても体重が減るようで
   あれば高血糖の可能性があります。栄養分が尿糖として排泄されてしまうためです。

 慢性合併症による症状… 高血糖が持続し糖尿病が進行すると種々の合併症が現れます。
                  これらの合併症の症状を自覚して初めて糖尿病に気付くことも
                  少なくありません。

    
糖尿病性網膜症が進むと眼底出血により視力低下〜失明します。
    
糖尿病性腎症
による腎障害により手足のむくみが現れます。
    糖尿病性神経症は初めは手足の違和感,しびれ感,足のこむらがえりなどで,
               次第に進行すると耐え難い痛みに憎悪していきます。
               便秘,下痢,消化不良など消化器症状やインポテンツなども
               神経障害によりおきる症状です。

    これ以外にも糖尿病合併した脳梗塞脳出血による脳神経症状や,心筋梗塞
    
狭心症による胸痛などの循環器症状が現れることもあります。





 糖尿病の診断

  糖尿病診断基準 (日本糖尿病学会 1999.5 )

@ 早朝空腹時血糖 126mg/dl以上
A 食後随時血糖値 200mg/dl以上
B 75gブドウ糖負荷試験で2時間値が200mg/dlを越えた時

  @AB のいずれかが確認され,別な日にもう一度 @AB のいずれかが確認
  されたときに糖尿病と診断する。
  ただ し @ABが確認され,
    口渇,多飲,多尿,体重減少など高血糖特有の症状がある。
    HbA1cが6.5% 以上。
    糖尿病性網膜症がある。
  以上のいずれかがあれば糖尿病と診断してよい。





 糖尿病のタイプ


  1型糖尿病 主に小児期〜若年期に発症し日本人には少なく欧米人に多いタイプ。
          急激に発症してインスリン注射が必要となります。ウイルス感染により
          壊された膵細胞組織との自己免疫反応により膵B細胞が破壊されると
          考えられています。
緩徐に発症し膵組織の破壊が進む型もあります。

  2型糖尿病 主に遺伝的な素因のある成人に,過食,肥満,ストレスなどで膵臓に
          負担が加わり,インスリンの量及び作用不足が起き,緩やかに血糖が
          高くなって発症します。日本人の糖尿病の大多数がこのタイプです。

  その他の糖尿病 膵疾患(慢性膵炎など),内分泌疾患(甲状腺などホルモン疾患),
          血糖上昇作用のある薬剤による薬剤性糖尿病(ステロイド糖尿病など),
          そして糖尿病予備軍の境界型糖尿病も含まれます。

  妊娠糖尿病 妊娠によって発生する糖尿病。




病型
1型糖尿病
2型糖尿病
発症頻度
5% 
95%
特徴
小児や若年層に多い
欧米人に多くアジア人には少ない
成人〜壮年に多い
日本人の大多数がこのタイプ
体型
やせ型
肥満型
発症様式
 発病は急激なことが多い。
 咽頭痛,発熱など感冒症状の後に
 口渇,多飲,多尿,腹痛
,嘔吐など
 高血糖性脱水症状が現れる。
 発病は緩徐なことが多く初期には
 症状はない。
 糖尿病が進行すると口渇,多飲,
 多尿,体重減少などが現れる。
原因
ウイルス感染後の自己免疫的機序
 遺伝的基盤に過食,肥満,ストレス
 などが加わり発症。
治療方法
インスリン注射治療が必須。  食事運動療法,血糖降下剤治療から
 インスリン注射療法も行う。





 糖尿病の検査

 尿糖  以前は会社や区民健診で糖尿病のスクリーニング目的で行われていました。
     しかし尿糖は血糖値がほぼ160〜180mg/dl以上になって初めて陽性になる上,
     それも個人差が大きいため糖尿病の早期発見には適さないといわれています。
     糖尿病が進展し血糖値がある程度高くならないと尿糖は陽性にはなりません。
     つまり尿糖陽性かどうかは血糖コントロールの大雑把な目安にしかなりません。

     そこで尿糖測定の簡便さを活かし,おおまかな目安として…

       血糖値のコントロールがあまり良くない方は…
         朝食前の尿糖が出なければまずまずの血糖値でしょう。

       血糖値のコントロールが良い人は…
         一日のうちで夕食1〜2時間後の血糖値が最も高いので,この時の
         尿糖が出ていなければ大体よい血糖値であるといえます。

     いずれにしても現在,薬物治療を行っておられる糖尿病患者さんにおいては
     糖尿病状態の評価としての尿糖測定はおおまか過ぎます。
     当院では自己血糖測定を推奨しております。


 尿蛋白  将来的に透析治療に至る糖尿病性腎症を合併しているかどうかを判定します。
        尿検査の度に陽性であれば,腎臓の障害は不可逆性で進行している状態で,
        治療も腎症の進行を遅らせることが中心となります。このためできるだけ早期
        かつ可逆性の時期に腎症の合併を発見する必要があります。


 尿中微量アルブミン  早期に腎症を発見するためには微量アルブミン検査が有効です。
       この検査は非常に微量の尿中蛋白を,感度のよい方法で見出す方法ですが,
       検査は普通の採尿とかわりません。尿蛋白が(−)〜(±)かつ微量アルブミンが
       出る時期は早期糖尿病性腎症と呼ばれ,この時期に血糖,血圧の厳格な管理,
       減塩,低蛋白食を行うと腎症は可逆的に治癒可能ともいわれます。


 血糖値  朝食前血糖値(FPG)はほぼ110mg/dl以下,食後血糖値もほぼ140mg/dlです。
      早朝空腹時血糖値126mg/dl以上,または食後血糖値200mg/dl以上の結果を
      2回以上の認めると糖尿病の診断となります。
      朝食前の血糖値が120mg/dl以下,また食後血糖値が160mg/dl以下であれば
      糖尿病状態はほぼ良好と考えられるでしょう。


 HbA1c 糖尿病患者さんの血糖コントロール状態の指標として非常に重要な検査です。
      採血した時点より遡り,過去1〜2か月間の血糖の平均値を表します。血糖値は
      採血した時の血糖状態しか判らないため,血糖値の経過観察のためにはHbA1c
      が大変有効です。当院の正常値は5.8%以下ですが,6.5%以下であれば合格で
      糖尿病合併症の予防,進展阻止が可能といわれます。


 ブドウ糖負荷試験 (75gOGTT) 糖尿病型か正常か境界型糖尿病かを判別するために
      一定量のブドウ糖を飲んで,その前後約4回ほど血糖測定を行う検査です。

 
   患者さんへ… 

      ブドウ糖負荷試験は糖尿病であるか否かを診断するための検査であり,
       ご自身の現在の糖尿病,血糖コントロール状態の指標とはなりません。糖尿
       病診断が確定している方はこの検査を受ける意味はありません。糖尿病
       診断が確定後,薬物治療中にもかかわらず定期的に本検査を行っている
       施設もあります。血糖値が高いことが予め判っているのに,わざわざ糖を
       飲んで血糖をなお一層高くする意味は全くないばかりか,高血糖性の昏
       睡を誘発する危険もあります。高血糖性糖尿病性昏睡で意識のない患者
       さんに胃管からブドウ糖を注入し,その変化を観察していた国立大学病院
       さえありました。
        血糖降下剤での治療中やインスリン治療中の方はブドウ糖負荷試験を
       受けるよう勧められたら断固拒否しましょう。




 眼底検査 糖尿病合併症の一つで失明の原因と成りうる網膜症をチェックします。
        たとえ異常がなくても1年に1回は検査を受けましょう。






 糖尿病の合併症


  糖尿病は血糖値が高くなる病気です。しかし血糖が高いということは血液が甘いだけで,
 大したことはないのです。何が恐いかというと,血糖値が長期慢性的に高くなることにより
 引き起こされる様々な合併症が命取りとなるのです。中でも代表的なものが3大合併症と
 呼ばれる糖尿病性網膜症,糖尿病性腎症,糖尿病性神経症です。

  糖尿病性網膜症  日本人失明原因の第1位で,年に3000人以上の人達が糖尿病
     が原因で失明しています。高血糖状態が長い期間続き,未治療で放置していると,
     眼底の網膜(スクリーン部分)に大小の出血が起きます。(眼底出血)適切な眼科
     専門医の治療がその予後を左右します。

  糖尿病性腎症  慢性腎不全から尿毒症にいたり死因となりうる恐い合併症です。
     初期には微量アルブミン尿排泄のみですが,放置すると次第に尿蛋白量が増え
     腎障害とともに手足のむくみが発現してきます。腎不全末期には悪心,食欲低下,
     息切れなどの症状が現れます。

  糖尿病性神経症 神経症は糖尿病が見つかった時点で95%の患者さんに合併して
     いるといわれます。症状は両足のしびれ感,こむらがえりなどで,進行すると耐え
     難い痛みが発現し,不眠となることさえあります。さらに放置することにより知覚が
     なくなり,主に足の傷口から感染し,壊疽〜切断に至ってしまいます。便秘,下痢,
     悪心,消化不良など消化器症状やインポテンツなども糖尿病性の自律神経障害
     により起きる症状です。


  脳血管障害    脳梗塞,脳出血など。

  虚血性心疾患   狭心症,心筋梗塞など。

  慢性感染症    肺結核,肺真菌症など。

  閉塞性動脈硬化症


    先生方へ…

       既にご承知の通りに低血糖は眼底出血を誘発するとされています。
        このために,厳格な血糖コントロールには二の足をふんでおられる
        先生方も多いのではないでしょうか。これは大きな勘違いなのです。
        低血糖による眼底出血は未治療の糖尿病患者に薬物治療を開始
        して急激に血糖値をコントロールしようとした症例に起き易いのです。
        現在,経口血糖降下剤治療およびインスリン治療中の患者さんでは
        治療経過中に低血糖となっても眼底出血発症しにくいとされてます。
        低血糖による眼底出血を恐れるあまり,厳格な血糖是正に躊躇して
        いては網膜症の憎悪進行を防げません。

       糖尿病性神経症の治療の一環として,血糖値の低下に努めると一過
        性に神経症候が憎悪することは日常の臨床でよく遭遇します。ARIは
        糖尿病性神経障害には思いのほか効果がないようですが,この治療
        後神経症状の緩和には優れた成績があるといわれています。